私の知る北24条が様変わりするギリギリの頃を振り返ってみる。

安室奈美恵の”CAN YOU CELEBRATE”、北海道出身のGLAYの”HOWEVER”が大ヒット。
SPEEDの”STEADY”や”WHITE LOVE”を見て、子どもじゃん!って思ったけどカラオケではみんな歌ってた1997年。

草彅剛主演ではじまったドラマ「いいひと」の原作では、物語の主役 北野優二は北海道出身の設定で北24条のシーンが盛り込まれていることに仲間達と盛り上がった。

マンガ連載当時「牛角」だった場所に「PIZZA Hat」があって、背景にそんな町並みが細かく描き込まれていて、漫画家さんたちって芸が細かいなと関心した思い出。

1997年といえば、ジーンズのヴィンテージブーム、ナイキのエアマックスのブームがひと段落してローテクのスニーカーが盛り返し、クロムハーツ等シルバーアクセサリーが流行った。

「失楽園」も映画・ドラマともにヒットして、串鳥北24条店のテレビでドラマが入った時はどうしようかと思った。

当時私は就職して何年もたってない頃で、まだまだ北24条近隣には同級生たちが住んでいた。

携帯・PHSが普及しはじめた頃で、待ち合わせや仲間探しにスガイを使うことも無くなってきた頃でもある。

24-192[1]一時、フラワービルの5Fに白木屋が入っていた。赤井秀和がCMしていた頃だ。

当時何かと建物内に入ると繋がりが悪かった携帯・PHSだったが、ここは電波がすこぶるよかったので、そこから近くの友人たちを集めてよく利用していたことを思い出す。

若いころに友人たちを集めて飲むとなると、こういった大型のチェーン店が活躍していたが、ちょっと行かなくなった隙に無くなっていてガッカリした。

hideこの頃、「銀だこ」が北24条にも進出してきていて、フラワービルの1階に入っていた。

あの銀だこが、わずかな間で撤退したという事実が衝撃的でした。

北24条には長くたこ焼きで商売してるお店が地下鉄出入り口のすぐ脇にある「秀ちゃん」が有名ですが、銀だこの飛ぶ鳥を落とす勢いを撥ね退けたということでしょうか?

スーパーまつだの跡地に薬局の「アインズ」も入って、若い女性たちはその他薬局に比べてコスメが充実していたので利用した人も多かったのでは?

しかし今思い返すと、携帯・PHSというものが若者達の行動に大きな影響を与えていることが、当時若かった自分たちの行動ではっきり思い出せる。そういう時代を生きて来たんだと認識できるのである。

この文明の利器は便利にはなったけど、昔みたいな行き当たりばったりの遊び方が出来なくなったのは淋しいなと・・・

北24条にもそういった動きが影響あったかどうかは分からないが、仲間探しをしていたスガイ1階にはGEOが入り、ゲームセンターは2階に縮小され規模を小さくして残った感じになってしまった。

1997年から少し時間がたつと、色々と店が無くなったり新しく出来たり・・・

24-41[1] ガラムとたんぽぽ[1]

フレッシュネス[1]通りに面したパン屋はしっかりと「HOKUO」の看板。その裏には「大狸」が。
今振り返ると、当時目にした印象的だった看板が懐かしい。

スープカレーブームと同時にガラムマサオがなか卯の2階に入って、仕事帰りによく食べに行ったが、現在は移転してしまいました。

ラーメンたんぽぽの看板にもしばらく愛着をもってましたが今は別のラーメン店に。

すこし東へ進むと、フレッシュネスバーガーがあったことも。結構好きで食べに行ったんですが、気が付いたら無くなってましたね・・・

色々なグッズ、携帯やネットという便利なものが普及して人々の行動の変化とともに街の構成も変わっていったような気がします。

ここまで、色々書き綴ってきましたが、こんな変化を見て懐かしく感じる人が北24条に「行ってみようか?」となってくれることを祈ってます。

そして、もう少し時間がたつと更に街は変化していたっと感じてます。
そんな様子は次回に続けます。

いつも最後まで読んでくれてありがとうございます。