1993年の北24条を振り返って

私が北24条へ来たのは1993年の春でした。

1993年といえば、皇太子・雅子さま御結婚。
サッカーではJリーグ開幕。ドーハの悲劇と語り継がれるロスタイム失点で逃したW杯出場。
大相撲では曙が外国人力士として初の横綱昇進。
今や当たり前になったインターネットがアメリカの大学や研究機関を中心にコンピュータ・ネットとして生まれたり、「コギャル」という言葉が生まれ女子高生達のファッションが注目され、ドラマでは「ひとつ屋根の下」や「高校教師」がヒット、映画では「ジュラシックパーク」で映像の進化にビックリさせられたりと、今振り返ればそれなりに話題性のあった出来事が起きた年でもあった気がします。

そんな時代に田舎(室蘭)から札幌へ出て来た私が、根城としたのが北24条でした。

田舎から出てきた自分にとって、北24条は『街』そのものでした。
「中心街じゃないのにこの活気!さすが札幌!」と、当時10代だった私はそう感じたのです。

danchi夜になっても人通りが多い様子は、田舎には無い雰囲気で毎日が楽しくて仕様がなかった。

私が幼少期に暮らした街も、大きな鉄工所の城下町みたいな雰囲気だったので、道内ではそれなりに人が多い街だったかもしれないが、中心街を少し離れた北24条の街はそれを遥かに越えた活気に満ち溢れていたのです。

怪しいネオンが光る様子、派手な衣装を着た女性たちや、居酒屋が軒を連ね、サラリーマンたちが夕方を過ぎると、どこからとも無く集まって来る。

もちろん、すすきの界隈にも遊びに出たこともあったが、こちらに人が集まっているのはあたりまえ。繁華街を楽しむということについては北24条で十分だった。

今は北24条で遊ぶ若者たちにとって、カラオケボックスといえば「歌屋」へ行くのが定番かもしれないが、当時はスガイがあり1階にゲームセンター、2階にはビリヤード・カラオケボックスとなっていた。
カラオケボックスといえば、スガイのカラオケか、隣のビル地下のスターライトへカラオケを楽しみに行くのが当時の若者達の定番だっただろう。

ゲーム、ストリートファイター2が人気で、ゲームセンターへ行くと顔馴染みがたくさんいた。
ゲームセンターでみつけた友人と、そのまま2階か、隣ビルの地下のカラオケボックスへ行くというコースが定番だったかもしれない。

携帯電話も無かった時代だったので、ある意味ゲームセンターに仲間をみつけに行って、夕方過ぎの時間だと隣ビルの2階「一銭蒸気」へ行ったり、ランチ時だとお好み焼きの「まつり屋」へ行ったりとゲームセンターを拠点に友人達をみつけて遊んでいたのが懐かしい。

現在、炭火屋BBになったジャンボビルの地下にもゲームセンターがあり、なか卯の場所は移転前のモスバーガーで、その上に車が刺さったような看板のカフェ「036」、角には「ラーメン百番」、北大通りの方へ出てくると「やきそば屋」があったりと、10代の若者がリーズナブルに遊んで食べてをするラインナップが揃っていた。

そして、たまに奮発して飲み会をやろう!となればもちろん携帯がないのでしっかり時間を決めてゲームセンターで待ち合わせた後、中通にあった毎日50%OFFの「昌苑」へ行ったり、串鳥の2階の「北炉」、そして先日閉店してしまった「なると」へ行って盛り上がった後にカラオケボックスへ行くのが若者達の定番コースだった。

もしかしたら、携帯電話が無かった時代にゲームセンターやビリヤードという場所が若者を集めるきっかけだったのかとさえ思ってしまいます。

もちろんあの当時から現在も元気に営業しているお店もあって、中華の「宝来」にも、おなかを空かせた当時の若者はお世話になったのではないでしょうか?
チャーハンを注文する友人が多かったが、私はC定食に育てられた気がします。

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その後、私も就職して仲間達もそれぞれ就職に伴い北24条を離れてしまい、なかなか時間の都合が付かなくなってから、北24条の利用の仕方も変わった気がします。

友人たちとは都合がつかないので、行ったお店の常連たちやお店のマスターに相手をしてもらうお酒が増え、大勢で大騒ぎする機会が極端に減ったのではないかと。

当時若者だった方々は、そういう利用の仕方にシフトしていってるのだろうか・・・

そして今の若者たちは一体どこで何をやっているのか・・・
およそ20年の月日が流れましたが、そんな北24条が若干寂しくなったような気がします。

あの頃私が見た北24条の風景は、田舎から出てきたばかりの若者の目に目新しく映っただけじゃないはず。

当時のような活気ある街になるためには、やはり若者たちが来たいと思えるきっかけや場所が必要なのかもしれない。

繁華街の中心である飲食店は当時と比較して、無くなったお店、新しくできたお店で街自体は様変わりしたのかもしれないが、お店の総数はそんなに変わらない反面、利用者に若者が少ないとは思いませんか?

若者が遊んだ場所には、数年後歳を重ねた後に懐かしく戻ってくるもの。
若者が楽しめる場所もどんどん出来てほしいなと、自分の記憶と重ね合わせて、いつも思っているのでした。